東京都内にジンギスカン店2店舗、海鮮ダイニング1店舗を経営する有限会社あそび工房。代表の八 十科（やそしな）氏（35）は、飲食業に入る前は金融業界のナンバーワン営業マンだったというユニ ークな経歴の持ち主だ。 　生まれは函館、三人兄弟の末っ子として育つ。父と兄たちは皆起業人で、勤め人は周りにいないと いう環境だったという。自身もやがては独立して事業をしたいと考えていたが、独りよがりにならず 広い見識を身につけたいとまずは勤め人になることを選んだ。 　就職活動ではバブル崩壊後の超氷河期だったにも関わらず、10社受けて9社から内定をもらったと いう。大手金融会社に入社後も、大阪という厳しい土地柄に配属されながら、早くから全国1位の営 業成績を残すなど実力を発揮した。 　そんな八十科氏だったが、1999年にターニングポイントとなる事件がおこる。業界で華やかな職種 として知られた東京証券取引所の仲立人が、この年インターネット取引の普及により皆職を失ったの だ。このことは、氏に「いつか自分の仕事もインターネットに取って代わられる」という危機感を抱 かせた。そしてこれを機に、人間の生活に不可欠な「食」の分野で、一生できる仕事で独立しようと 決意したのだ。

　決断後の行動は早かった。26歳で金融会社を退職、未経験で板場の仕事ができる就職先を探し転職 した。配属されたのは、大手居酒屋チェーン店の経営店舗でありながら、腕の立つ職人ばかりに囲ま れた厳しい職場。同い年ながら中学卒業と同時にこの世界に入った料理長からは、初日に「お前が厨 房で話していいのは、『はい』と『すみません』だけだ」と言われ、身が引き締まったという。給料 も前職の半分となったが、がむしゃらに頑張るうちに厳しい料理長が自分を認めてくれるようになっ たのが何より嬉しかったと話してくれた。「営業なら一人だけでも突出した成績を出すことができま すが、飲食店ではどんなに優秀な料理長が一人いても、五十人の料理をすべて作ってサービスするこ とはできません。職場のみんなが協力して、初めてできる仕事はなんておもしろいんだろうと思いま した。」と振り返る。厳しい環境で頭角を現した八十科氏は、その後都内の新店立ち上げスタッフと して4店舗の立ち上げに貢献した。厨房とホールの信頼関係がある店は大変強く、売上もあげられる ということも強く感じたという。

　こうして3年の修行の後、2003年に本郷で地元北海道の郷土料理であるジンギスカン店をオープン した。当時都内に13店舗しかなかったジンギスカン料理をあえて選んだ理由は、素材のよさを生かせ る業態であること、また高給な職人を置く必要がなく接客で勝負ができることだった。当時流行のデ ザイン的な内装もあえて選ばず、庶民的な雰囲気の店内でリーズナブルなジンギスカン料理を提供。 心根の良い「原石」たる若者を採用して、サービスあふれる接客を行う「幾寅」はオープン直後から 大ヒット。小さな店内は、日々熱気であふれた。本郷の次は池袋に二号店、さらに代官山に二つ目の 業態となる「海鮮ウタリ」をオープンした。使用する海産物をオホーツクと函館の漁港から空輸する ことで、高品質でリーズナブルな価格を実現している。 　こうして飲食業で事業を行い、地元北海道に向き合ううちに、八十科氏は地元の良さとそこにある 問題も同時に感じるようになったという。「地元ではいかに自分たちの足元に素晴らしい宝物がある のか、恵まれた環境で生活しているのか、また外の方たちに何が愛され、喜ばれるのか、等の感覚を 失ってしまいがちです。北海道の外から、道産子である私が宝であると感じる食材、そしてそれらに 携わる仕事人たちの心意気を、その魅力のまま東京の方々に伝えたい。そしてその反応をまた産地に 生で伝え返したい。その積み重ねがお客様と産地の良い関係に繋がってくれたら、と願っていま す。」と話してくれた。そのために、今後、「海鮮ウタリ」業態をさらに展開し、北海道の食材を多 くの人に提供していくこと目標に据えている。生産地から来店客への提供まで、広い視野で“食”を とらえ挑戦する八十科氏。これからの“食”を考える上で、氏のような活動を担う人こそ不可欠にな るだろう。

会社名 ： 有限会社あそび工房
店舗名 ： 幾寅・海鮮ウタリ
所在地 ： 東京都文京区本郷4-16-6
Ｔ Ｅ Ｌ　： 03-5840-6757
Ｈ　　Ｐ ： http://asobikoubou.jp/